tozen想//ツレヅレなるままに、その日暮し。

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「サンボマスターは僕たちに語りかける。」

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(2011/04/06)
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こんなに日本語は美しかったのか。
サンボマスターを聴くたびに僕は思う。
下手な横文字はいらない。
ラブ&ピース。それぐらいがあればいい。


初期衝動に駆られるような歌の数々。
だからこそ、その嘘のない言葉に
僕たちは心を揺さぶられるのだ。


普通に考えれば、人一人ぐらいの力じゃ世界なんて変わらない。
でも、そこにもう一人が加われば。
そんな可能性を彼らは歌う。
「君と僕が夢を叫ぶ 世界はそれを待っているんだぜ」
(世界はそれを愛と呼ぶんだぜ)
普通に書けばなんて陳腐な言葉。
でも、彼らが歌えば、それは素敵な詩に変わる。


自分にとって愛しいあの人に、綺麗になったと伝えたい。
僕たちはきっと、わかりにくい、回りくどい言葉で伝えてしまうはず。
でも、彼らは違う。シンプルだけど、きっと一番心に響く言葉を持っている。
「あなたがとてもキレイだから あなたにそれを伝えたいのさ
 いつまでも いつまでも 消えぬ美しさを
 あなたが自分の美しさに 気づいたら僕は幸せなんだ
 僕は君を想っているよ 君の綺麗に気づいておくれ」
(きみのキレイに気づいておくれ)
たぶん、僕たちは言葉を飾りすぎることに慣れてしまったのかもしれない。
だからこそ、この言葉達に心奪われるのだ。


心折れた人に対して、僕達は慰めの言葉を持たない。
でも光をさす言葉がここにはある。
「どんなに打ちのめされたって 悲しみに心をまかせちゃだめだ
 君は今逃げたいっていうけど それが本音なのかい
 僕にはそうは思えないよ」
(できっこないをやらなくちゃ)
こんなにも、救われる言葉があるだろうか。
何よりも強い肯定の言葉。
信じているからこそ、口にできるものがある。
聴く人への無条件の信頼こそが、彼らの真骨頂である。


数々の歌を通して、優しく、そしてラブ&ピースを。
サンボマスターは僕達に語りかける。

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可視化と数量化とAKB。(2)

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それでは今回は「数量化」について述べていくことにします。
数量化とは詰まるところ、総選挙による順位付けのことです。
何だそれだけか、という方もいらっしゃるでしょう。
でも、実際はこれがAKBというシステムのキモになります。

総選挙に参加するためにはCDに同封されている投票券が必要になります。
CDつき投票券と揶揄されていますが、これは非常に優れたシステムです。

まず、CDを買った分だけ、推しメンと呼ばれている自分の好きなメンバーを
応援することができます。

つまりそれはこういうことです。

今まではライブで大声を上げるか、ファンレター、もしくはプレゼントという形でしか
表すことのできなかった「応援する」量、つまりはそのメンバーに対する愛情を、
数量化して表現することができます。
非常に表現は悪いですが、お金を使った分だけ、貢献度というものが積み重ねることができる、
というわけです。

さらに、これはAKBのメンバーにとっても、メリットのある話となります。

これまで、敢えて優劣をつけてこなかったアイドルグループのメンバーに「順位」
という残酷なまでの競争原理を持ち込むことで、メンバー同士の切磋琢磨、
そしてそこから派生して、ファンサービスへのフィードバックが行われます。
解り易く言えば、自分の順位を上げるためにも、ファンへの対応にも力を入れる、ということです。

これまでのアイドルグループというのは、プロデューサーの戦略や思惑のため、
特定のメンバーだけが注目(贔屓?)されたり、明らかに人気のある人がセンターを取れない、
といったことがまかり通ってきた部分がありました。
しかし、AKBに関しては、或る意味非常にフェアな順位付けということが行われています。
つまり、多少システム上の不満はあるものの、ファンは安心して推しメンを応援できるのです。
これが、「数量化」の最大のメリットではないでしょうか。

多少理屈っぽくなりましたが、この「可視化」と「数量化」の原則を変えないことで、
AKBは屈指のアイドルグループにのし上がっていったと自分は確信しています。
努力と結果が中々結び付かない今だからこそ、人は彼女達にそれを求めるのではないのでしょうか。
彼女達がこの本質を忘れない限り、これからもAKBは躍進し続けることでしょう。

2回にわたり、AKBについて述べてきましたが、皆さんいかがでしたでしょうか?
色々お考えもあるとは思いますが、石を投げずにご笑覧いただけたら幸いでございます。

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可視化と数量化とAKB。(1)

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今回、ちょっと流行りモノを取り入れてみましょうということで、
AKBですよAKB。(何を今更)
そのAKBの売れてる理由を勝手に考えてみよう、ということです。
石は投げないで。

タイトルにも書いていますが、まず「可視化」。
何を可視化したか、というと、「努力」です。

これまでのアイドルは「努力」を前面に押し出してきませんでした。
まあ、モーニング娘。という例も無いことはないですが、
あれは、プロモーションの一環という一面もありますので、ここでは割愛します。
では、何故、「努力」なのか。

後に述べる「数量化」とも関連してきますが、
AKBの魅力のひとつは「ひたむきさ」であることに異論はないでしょう。
やはり、人間は頑張っている人を応援したくなります。

彼女達の、体調を崩すまでファンサービスを行っている姿には、敬意すら覚えます。
そして、厳しいレッスンや、「総選挙」という競争原理。
そこには、必ず、「努力をする」という姿が見えてきます。

これまでのアイドルというのは何故か、努力をする姿というものは敬遠されてきました。
夢を売るという商売上、キレイに見せるためには仕様が無い部分もあったでしょう。
ただ、そういったところを考慮しても、これまでのアイドルというものは、
なぜか「逆根性論」みたいなものがあったのも事実です。

しかし、逆にAKBはともすると「ドロドロ」に見えるかも知れない部分を、
敢えて曝け出すことで耳目を集めることに成功しました。
アイドルとして、これまでとは違うことをやっているわけではなく、
見せる人たちが方法論を転換することで、まだ開拓の余地があるということを示した好例です。

これはプロデューサーの秋元氏も認めているところです。或る雑誌で氏は、
「歌も踊りも必ずしもトップレベルでない彼女達が何故支持されるのか、それはひたむきに
 やっている姿に感動しているのであって、決してそのパフォーマンスに感動しているわけではない」
といった趣旨の発言をしています。(結構言いすぎな感はしますが)
手前味噌ですが、まさしく、この発言は上記の仮説を裏付けているといっても良いでしょう。

今日は「可視化」について述べさせていただきました。、
次回、「数量化」について述べていくこととしたいと思います。



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『バッハの旋律を夜に聴いたせいです』を夜に聴いたせいです。


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そうだ、『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』を教科書に。
何をトチ狂ったかとお思いでしょう。
でも、それぐらいにこの曲は国語の教材としても優れています。

まずは、ここ。
「バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心
バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心」
反復法ですね。言葉を印象付ける表現方法です。

そして、次。
「月に慣れた僕がなぜ月に見とれたのはなぜ」
これは、反復法の発展で、音の似ている言葉を使うことで、
さらに言葉を印象付けています。
これは、その後にある、「月に慣れた君がなぜ月を見ていたのはなぜ」なども、
同様ですね。

それから、ここ。
「気まぐれな君の色 部屋に吹くぬるいその色
壁が鳴り痺れるチェロ すぐに忘れてしまうだろう」
これは試験に出ますよ、皆さん。
各節の語尾に注目してみましょう。
「ろ」で終わっていますね。これは、所謂「韻」です。
もっと細かく言えば、「脚韻」つまり、語尾で韻を踏む、ということです。
対義語は「頭韻」です(どうでもいいか)。

何を言いたいかと言いますと、この曲は音楽の構成としても、
非常に優れています。だからこそ、詩としても素晴らしい、
ということをほんの少しだけでも伝えたい、ということです。

消費されるだけでなく、 いいものは残す。
そのためにも、 時には違った角度から評価する。

そんな試みを僭越ながらさせていただきました。では。


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南波志帆についての考察。

南波志帆には、キャッチフレーズは似合わない。
何故なら、彼女の魅力は、様々な要素が複雑に絡み合うことで
構成されているからである。

誤解を恐れずに言えば、
彼女が織り成す歌の世界観は、非常に純粋である。
しかし、それは、「何も知らない」が故の純粋でなく、
色々なことを「承知」した上でのそれである。
そしてそれは、単純に物事を斜に見るのではなく、複視眼的な視点からのそれであり、
非常に理知的なものである。

彼女の代表作になるであろう、「こどなの階段」にもその片鱗が随所に見られる。
この曲は散文調でありながらも、視覚的に非常に優れた曲である。
その中でも、彼女の世界観を非常によく現した部分に注目したい。

「永遠の 意味なんか 考えちゃ いけないの」
揺れ動く学生時代、という今を生きる彼女はその時がずっと続かないことは理解している
けれど、だからこそ、そのことに目を逸らさず、「永遠」ということについて、
真摯に考え、今が永遠に続くよう、どこか祈るような印象さえ受けるフレーズである。

そして、もう一箇所。
「ここからが 大人だと 気付かずに いさせてよ」という部分である。
今の自分の立ち位置、それは既に大人に近づいたもの、であるということは
百も承知である。しかし、まだこのままでいさせてほしい、といういじらしさを、
言語化し、しっかりと表現できるのもまた彼女の魅力ではないだろうか。

以上のように南波志帆の魅力について述べてきたが、彼女の楽曲を深く聴くに従い、
まだまだ言い足りないことが多すぎることに気が付く自分がいることに驚きを禁じえない

また、別の機会に彼女の魅力について語ってみることとしたい。

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